Birds of a feather flock together

「類は友を呼ぶ」と言う言葉があるが、「ウマが合う」とかだけでなく、その人に見合う器の人を呼び寄せる波動みたいのを共鳴しているのではないか…
周りを見ていると類は友を呼ぶんだなとふと思う事が多々ある(笑)
でもそれってどういう事なんだろう?
真理だなぁと思えるこんな言葉がある!
「悪友を避けて善友を求めよ、しかし善友が得られなければ、孤独に歩め」 –六方礼拝経–
『六方礼拝経』という経典の中で説かれている
- 【悪友】=「避けるべき4種類の人」
- 【善友】=「付き合うべき4種類の人」
とはどういったものか!
悪友とは…
●「何でも取っていく人」自分の利益だけを追求し、与える時は少なく、もらう時はより多く受け取ろうとする。ただと思ったら平気でごっそりと持ち帰る。料理を取り分ける時など自分の分だけ好きに盛る。
●「言葉だけの人」口先だけで行動が伴わない「あの時はああしてあげた」と過去のことを恩に着せて友情を装う。「今度こうしてあげるから」と未来のことに関して友情を装う。しかし事が迫ると「都合が悪い」と逃げる。
●「甘言を語る人」目の前ではお世辞を言い、裏では陰口をたたく。うわべだけのうまい言葉を語って、中身が伴わない。
●「遊蕩の人」飲酒、麻薬、ギャンブルに溺れる。
善友とは…
●「助けてくれる人」元気がないときに守ってくれる。正常な判断ができなくなったときに正しい行動に向かわせてくれる。
●「苦しいときも楽しいときも一様である人」窮地に陥っているときに見捨てない。辛いときに一緒にいてくれる。
●「自分のためを思って話してくれる人」悪い道に入らないように忠告してくれる。大切な情報を教えてくれる。
●「同情してくれる人」上り調子のときには一緒に喜んでくれる。落ち目になったときに心配してくれる。人から悪口を言われたときに弁護してくれる。
善友がそばにいないのなら孤独に歩め、善友が見つけられるよう、見つけてもらえるよう自分自身が善友となれるよう日々を歩めと…
ふと小鳥の大群を見てそんな事を考えていた🎵
本当に変わりたかったら「よーし明日から変わるぞ!頑張るぞ!」と決意を新たしても意味がない。ムリやりにでも付き合う人を変えれば、おのずと自分は変わっていけることを言い表している。

ただ善友最後の「同情してくれる人」に関しては接し方によってはキズの舐め合いや「なぁなぁな関係」になったりしてるのを非常によく見てきたので、私見では必ずしも善友のカテゴリーには入らないと思っている。
「何でも取っていく人」に似たニュアンスがあるかもしれないが、ろくに調べも学びもせずに「何でも頼ってくる人」ってのもその要素を持つ者である。
この手の人間には教えてあげても高い確率で無にしてしまう事が多いので無駄な時間を使わせられるのでタチガ悪い!
貴重な時を無駄にはしたくないものです✨
そして「何でも取っていく人」には「自分の事しか考えない人」や「被害妄想の強い人」が多いのも特徴だ。
やっかいなのがこの手の者は「立つ鳥跡を濁さず」の逆パターンの「後足で砂をかける」行為で周りを顧みず迷惑や被害を残して去っていく愚者である事である。




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